特区政府扶貧委員会が半年にわたって行っていたリタイア後の生活保障に関する公開諮問が6月21日に終了した。高齢化に向けた年金制度の設置、現行の強制積立年金(MPF)が抱える問題、失業保険の導入、財源確保のための法人税引き上げや消費税導入など各種意見が挙がったが、立場による隔たりは大きく社会保障がどこまで整備されるかは未知数だ。
市民皆年金制度を求めデモ
市民皆年金制度の設置を求める「争取全民退休保障連席」は6月19日、デモ行進を開催した。デモ隊はセントラルから特区政府本庁舎まで行進し、参加者は主催者発表で5000人、警察の推計で1900人。高齢者230人が車いすで参加した。参加者らはリタイア後の生活保障に関する公開諮問が21日に終了するのに当たり、官・商・民の三者負担で資産審査を設けず誰もが受給できる年金制度を要求。福祉拡充を目指す梁振英・行政長官に公約実現を求めるプラカードなどが掲げられた。
低所得層支援策を検討する扶貧委員会は昨年12月22日、リタイヤ後の社会保障として2つの提案を発表し、6カ月の公開諮問を開始した。1つは政府の委託を受けた香港大学社工及社会行政学系の周永新・元教授による皆年金制度を基とする「貧富を問わない案」、もう1つは資産審査で対象を絞る「経済的需要に応じた案」。「貧富を問わない案」は65歳以上の永住者すべてに月3230ドルを支給するもので、昨年の統計を基にすると約112万人が対象、新たな予算は年間226億ドルとなる。「経済的需要に応じた案」は資産上限が単身8万ドル、夫妻12万5000ドル、月収上限が単身7340ドル、夫妻1万1830ドルの65歳以上の永住者に対し、高齢者向け生活保護を現在の月2390ドルから月3230ドルに引き上げるもの。約25万人が対象、新たな予算は年間25億ドルとなる。「貧富を問わない案」を実施した場合は財政赤字に陥るのが6年早まるが、「経済的需要に応じた案」だと1年早まるだけと予測している。
半年の諮問期間中に特区政府が開催または参加した市民フォーラムなどは100回余り、政府に寄せられた意見書は約1200通に及んだ。「貧富を問わない案」には「若者の負担を増加させる」「香港の経済競争力を削ぐ」といった懐疑的な声がある一方、支持する識者らは「政府が資金調達方法を模索せず、社会の圧倒的支持が得られないのを理由に推進しない可能性がある」と懸念。また財界からは「経済的需要に応じた案」で政府が挙げた資産上限は極端すぎるとの批判も上がっている。
香港では2000年から確定拠出年金のMPFが導入されているが、これも社会保障としては大きな問題を抱えている。林鄭月娥・政務長官と労工及福利局の張建宗・局長は5月、香港総商会など5大財界団体が共催したリタイア後の保障に関する諮問フォーラムに出席した。MPFは雇用側拠出分を解雇手当や退職金に充てる「オフセッティング」措置が認められているが、林鄭長官はこれがMPFのリタイア後の保障機能を著しく削いでいるため「政府は座視するわけにはいかない」と強調。だが各財界団体は一致してオフセッティング撤廃に強烈に反対する姿勢を示し、香港中華廠商連合会の呉宏斌・副会長は「中小企業やメーカーは根本的に余分な資金がないため、オフセッティングが撤廃されれば最終的に負担に耐えきれず廃業する」と訴えた。財界はさらに「貧富を問わない案」にも反対を表明。香港総商会の呉天海・主席は「いかなる人でも福利を得られるやり方は決して香港精神ではない」と述べた。香港経済民生連盟と15団体は連名でオフセッティング廃止に反対する意見書を提出した。
財界「貧富を問わず」に反対
強制性公積金計画管理局(MPFA)が6月14日に発表した統計によると、MPF受託会社が昨年処理したオフセッティングは前年比4.2%増の4万7300件、金額は同11.6%増の33億5400万ドルに上る。これらの人々のMPF口座は平均で49%引き出されており、うち雇用側拠出分がゼロとなった人は3万1200件(全体の66%)に及ぶ。また月収が7100ドル以下の場合は被雇用側の積み立てが免除されているため、1100件(全体の2.3%)は口座残高がゼロとなった。MPFAが政府に提出した意見書では「オフセッティング問題は解決すべき」と表明しているものの、具体策は提示していない。
MPFAの黄友嘉・主席は個人的な意見として、オフセッティングに代わる失業保険を設置し、1人当たり最高で月2万5000ドルを給付する考えを示した。コストは年間約10億ドルを見込んでいる。失業保険の設置は扶貧委員会関愛基金専責小組の羅致光・主席も提唱している。
ほかにも各方面から提案が出された。香港政策研究所は6月19日、65歳以上で仕事や資産運用による収入が月4000ドル以下の高齢者に月4000ドルを支給する年金を提案。財源として政府が拠出する1000億ドルの「種子基金」と現行の高齢者福祉予算を転用、さらに3%の消費税を導入する。また家賃負担のある高齢者には上限3500ドルの手当を支給。これによって高齢者の約9割が恩恵を受けられると見込んでいる。
長和実業の李嘉誠・会長は6月22日にブルームバーグが放送したインタビューで、法人税を引き上げ貧富の格差の問題を解決することを提案した。「年間収益が数百万ドルある企業が1~2%多めに税金を納めるだけで多くの貧困層が恩恵を受けられる」と指摘。ただし税収は教育や医療に回すことや、累進課税は混乱を招くから支持しないとの立場も示した。14/15年度の法人税収入は1378億4700万ドルで、税率を1ポイント引き上げれば税収は約80億ドル増える。この意見に他の財界人も賛同を示す一方、経済学者や会計士らは中小企業の負担が増えることや海外の投資家にマイナス印象を与える点を指摘。特にシンガポールなどとの競争で優位性を失うことが懸念されている。
林鄭長官はMPFオフセッティングの問題について「政府は創意ある方法でこの問題を処理する」と語ったほか、失業保険の提案についても1つの方法になるとの見方を示した。また公開諮問を終えた次の段階について、政府は各種意見を分析し、「今期政府の任期満了までにリタイア後の生活保障という重大課題について1つの政策的方向性を打ち出すのが目標。当然ながら実現は次期政府に委ねる」と説明した。行政長官選挙に向け財界は梁長官に代わり得る有力候補の擁立を模索しており、今期中に道筋を示すことは不可欠といえそうだ。(2016年7月8日『香港ポスト』)