梁振英氏が当選、財界の指示薄く
返還後初めて親政府派の候補者が複数立候補し、2017年の普通選挙実現に向けたステップと目された第4期香港行政長官選挙。投開票が2012年3月25日、香港コンベンション・アンド・エキシビション・センターで行われ、梁振英氏が当選した。梁氏は行政会議(内閣に相当)前招集人、同年7月1日から行政長官に就任している。
今回の立候補者は梁氏、唐英年(ヘンリー・タン)前政務長官、何俊仁(アルバート・ホー)民主党主席の3人。選挙は選挙委員の定数1200人のうち立法会議員などで身分が重複する数を除いた1193人が投票権を持った。このうち投票したのは1132人。獲得票数は梁氏 が689票、何氏が76票、唐氏が285票で、梁氏が規定の600票超を獲得して当選した。有効票数は1050票で、無効票82票のうち75票が白票だった。
初代を除いて無風だったこれまでの行政長官選挙と違い、今回は当選の可能性がある親政府派候補の梁氏とタン氏の2人が出馬することで実質的な競争が試みられた。特にタン氏は財界の支持が厚く、東亜銀行の李国宝・会長が主席、香港金融管理局(HKMA)の任志剛・前総裁が上級顧問を務め、自由党の田北俊・名誉主席、香港総商会の胡定旭・主席、長江実業の李嘉誠・会長らが支持を表明するなど、タン氏の当選は確実視された。だが不倫問題や隠し子疑惑に加え、2月に住宅違法増改築が発覚すると、すでに推薦票を送っていた自由党が投票の立場は再検討すると示唆。タン氏が立候補を取りやめた場合に備え別の候補者を擁立する動きも起きた。
一方、梁氏は貧困問題を重視する姿勢を見せるなどで支持を上げたが、後に西九龍開発をめぐる疑惑などで支持率が低下。民主派は選挙委員が白票を投じて選挙やり直しに持ち込むことを提唱。再選挙への出馬に意欲を示す者も現れた。委員らは中央がどの候補者の当選を望んでいるかを注視し、大票田である民主建港協進連盟(民建連)などは中央の指示を待つ姿勢を見せていたが、投票が数週間後に迫っても明確なシグナルはなかった。
このため選挙は選挙委員の過半数に当たる601票以上を獲得する候補者が現れるまで投票を繰り返し、第3回投票まで行っても601票以上を獲得する候補者がいなければ選挙を中断。立候補届け出からやり直して5月6日に再選挙が行われる予定だった。
だが2012年3月14日の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)閉幕後で、温家宝・首相が「厳格に法に基づいて処理しさえすれば、きっと多くの香港人が支持する行政長官を選出できる」と語り、選挙のやり直しを好まない姿勢をみせた。
自由党は21日、主席・副主席の4人が白票を投じるほか、他の党内委員は白票かタン氏に投じるかを選べることとし、決して梁氏には投じないと発表。203票を擁する民主派の委員も同日、白票か何氏に投じるか棄権するかのいずれかとし、第2回投票に持ち込まれた場合は全員棄権する方針を示した。
だが、再選挙でも当選者が出なければ7月に新政権が発足できない恐れがあるため、中央は不干渉の姿勢から一転して梁氏を当選させる選挙工作を開始。19日から劉延東・国務委員ら香港マカオ事務担当官を深圳市に派遣、各界有力者に接触。田北俊氏らタン氏支持者は中央人民政府駐香港特区連絡弁公室(中連弁)の官僚が梁氏支持に回るよう要求してきたことを明かしている。
梁氏の基礎票となる推薦票は305票。中央は伝統的左派や専門業界の委員を説得し、いずれの候補も推薦していない委員310人のうち200票以上を確保するほか、唐氏を推薦した390人から200票余りを切り崩して約800票の獲得を狙っていた。22、23日には民建連などが梁氏に投じると発表し梁氏当選の可能性が高まった。
2012年の行政長官選挙は中国共産党内部の権力闘争の延長であり、共産主義青年団派が江沢民派(上海閥)とのパワーゲームに勝った証しとの論評もある。香港紙『りんご日報』は、胡錦涛・国家主席(当時)を中心とする共産主義青年団派は梁氏を支持し、廖暉・前香港マカオ弁公室主任を中心とする江沢民派は唐氏を支持していた。この争いの中で太子党派の中心である習近平・国家副主席(当時)は胡主席の意見を尊重したと報じた。15年にわたり香港マカオ事務を掌握した廖氏が築いた香港政財界の有力派閥はこれによって勢力を失うと論じた。
梁氏の当選は既得権益層と低所得層の戦いで低所得層が勝利したとの見方もできる。しかし中央の選挙工作にもかかわらず、唐氏の推薦票から流出したのはわずか105票で、自由党やデベロッパー、経済団体など一部財界のタン氏に対する支持は揺るがなかったようだ。梁氏の得票率は60・9%で、1996年の董建華・元長官の80%、2007年の曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官の84%に比べるとはるかに低い。財界の梁氏に対する警戒感は否めず、財界基盤の自由党が親政府派から離脱する可能性もあり、今後5年の統治の安定を懸念する向きも多い。