梁振英・行政長官は先ごろ、香港が資本主義経済の発展モデルとして掲げていた「積極的不干渉」の放棄にあらためて言及した。政府が適度に経済運営に介入したり産業政策を講じるべきとの理念は梁長官が就任前から主張していたものだが、昨今の経済成長の低迷を受けてこれを強調し、中国政府が掲げる「一帯一路」戦略への呼応に活路を求めている。
梁長官は8月初めに新華社のインタビューを受け、「特区政府は経済発展の面では時代遅れの積極的不干渉の考え方を放棄すべき」として、適度に企業への誘導・協調を図るとともに国家戦略の「一帯一路」によるチャンスを生かしてこそ香港の経済発展に有利になると説明した。シンガポールや韓国との競争に対して「政府が役割を発揮することを考慮せざるを得ない」と述べ、政府は「一帯一路」専門機関の設置も検討していることを明らかにした。
「積極的不干渉」の放棄は梁長官がかねて表明していたものだが、新華社のインタビューをきっかけに財界派である自由党の鍾国斌・主席から批判が上がった。梁長官はこれに答えるため8月25日付香港各紙に寄稿。昨年11月に施政報告の諮問を行っていた際、自由党は広東省の香港系企業がミャンマーの香港工業園に移転するのを支援するよう提案したことなどを挙げ、英国植民地時代の「積極的不干渉」政策なら絶対に受け入れられないことや、実は「積極的不干渉」時代は英国系企業が香港の各業界で特権を持っていた矛盾を指摘した。さらに経済への「適度な介入」として、市場が優位性を発揮しているとき政府は干渉せず、不動産投機、粉ミルク、越境出産の問題など、市場動向が香港市民や社会の利益に背くときは政府の介入が必要であると論じた。
梁長官は8月13日、中華全国帰国華僑連合会などが主催した「一帯一路」セミナーで講演。特区政府の諮問機関である策略発展委員会、経済発展委員会、香港・中国本土経済貿易協力諮問委員会の委員を集めた連席会議を行い、「一帯一路」に関する意見を求め、すでに政府が討論・研究を行っていることを明かした。
政府の基本的な構想は、香港が4大支柱産業などを生かして「一帯一路」における(1)資金調達・資産運用(2)貿易・物流促進(3)高付加価値・専門サービス(4)多角的観光(5)新興産業――の5つのプラットホームの役割を担う。(1)では人民元オフショア市場やイスラム金融への対応、(2)ではASEANとの間で来年合意をめざす自由貿易協定、(3)では鉄道・空港・港湾・発電所などのインフラ施設の運営・管理、(4)では検査・計測・認証、クリエーティブ産業などが強みになるという。
高官らによる「一帯一路」への言及も相次いでいる。港区省級政協委員連誼会が8月5日に開催した「一帯一路」に関するフォーラムでは、特区政府財経事務及庫務局の陳家強・局長が「一帯一路」は香港の金融センターとしての地位を向上させると説明。当局は「一帯一路」に関連する税務条例の修正案を来年度の立法会に提出し、企業が香港に資産運用拠点を置くのを推進することを明らかにした。
曽俊華・財政長官は8月16日、公式ブログで「一帯一路」戦略の下での香港のイノベーション科学技術産業の発展の余地を述べた。提唱された5つのプラットホームのうち(5)の新興産業、特にイノベーション科学技術産業について財界からは「一帯一路」の恩恵があるかどうか疑問が出ている。だが曽長官は「香港の科学技術の水準は『一帯一路』でのインフラ施設の建設に貢献できる」と指摘し、医療設備、汚水処理、通信、交通、エネルギーなどの分野を挙げた。例えば香港科学園の企業が開発している光ファイバーによる熱センサーシステムは、電気ケーブルや鉄道、オイル管などの破損状況を予測して事故発生を防ぐことができ、香港科技大学が研究している汚水処理技術は「21世紀海上シルクロード」の沿線国家に適したものであると説明した。
中国本土との連携に遅れ
袁国強・司法長官は8月20日、上海市で開催されたフォーラム「香港法律及解決争議服務研討会」で講演し、「一帯一路」によって中国企業が積極的に海外進出を行う過程で、複雑な国際商業・貿易ルールや法律環境に直面したり、詳細なリスク管理計画が必要になると指摘。海外投資の処理や海外資産の保護、国際商業争議の解決などで香港の法律・争議解決専門家が中国企業に多角的なサービスを提供できると述べた。また香港はアジア国際仲裁センターとして、国際的知名度を持つ仲裁機関の事務所が多いことや、1万人余りの地場弁護士と30カ国・地域から来た1200人余りの外人弁護士がいることを挙げ、1国2制度の下で「一帯一路」推進に向けた確かな法律サービスを提供できるとアピールした。
香港が「一帯一路」戦略による商機をつかむには、まず本土との連携強化が重要だ。梁長官が1月に発表した施政報告では経済分野について、国家の高度成長と優遇政策、本土の他の都市と異なる制度の優位性を生かすことが強調された。第13次5カ年計画に呼応するため、特区政府はすでに中央政府に提案を出したことや、広東省政府と広東省自由貿易試験区について積極的に協議することに言及した。
広東省自由貿易試験区は広州市南沙、深セン市前海・蛇口、珠海市横琴からなり、4月に設立された。国務院が発表した「中国(広東)自由貿易試験区総体方案」では、同試験区が本土と香港・マカオの深い経済協力を推進するとともに、21世紀海上シルクロードの重要ハブとして位置付けられ、香港・マカオの優位性を発揮して「一帯一路」建設に積極的に参加することが掲げられている。3~5年の改革試験を経て高度な国際標準の法整備や投資・貿易環境を備えることを目指す。特に人民元建てによる越境での決済、投資、融資、株式上場などを推進する金融分野での開放・革新措置が注目されている。
香港と珠江デルタ西岸を結び、広東省西部、広西チワン族自治区、ベトナムへの重要なルートとして戦略的意義を持つ港珠澳大橋も建設されている。梁長官が8月12日に珠海市を訪問した際、港珠澳大橋管理局の朱永霊・局長は海底トンネルの沈埋函33個のうち19個まで完成し、プロジェクトの最難関である海底トンネルが来年には貫通する見通しを明らかにした。梁長官と会談した珠海市の李嘉・党委書記も「本土側の主要工程は来年、基本的に完成する」と明言。港珠澳大橋の本土部分は来年完成することが確定的となったが、梁長官は記者会見で香港側の工程について「来年の完成は難しい」との見方を示した。香港での港珠澳大橋建設はさまざまな障害により完全に後れを取っている。
中国の発展から香港が取り残されていくことが警告され始めたのは約10年前だが、いよいよ切迫した状況となってきたようだ。(2015年9月4日『香港ポスト』)